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ニューヨークsuburban life2008/09/14 カスタマーサービス2/13/2008
これまでローカルのケーブルサービスに入っていなかったテレビジャパン(NHKがやってる海外向け24時間日本語放送)が受信できるようになったのでケー ブル会社(オプティマム)にオーダーしました。ついでにすすめられたのが電話サービス。うちの電話は日本でいえばNTTにあたるベライゾンのままになってい
ました。割高なのはわかっていたのですが、隣の家が引越してきたときにケーブルの電話にして散々トラブっていたのを覚えていたので、これまで高いベライゾ
ンを使い続けていました。なにしろ我が家は携帯電波が届かないので未だに家電のみが唯一の電話となり、これがつながらないと苦情の電話をいれるに
もご近所で電話をかりなきゃなりません。隣人のトラブルの時はうちの電話を貸したので、そのトラブルをつぶさに見聞きしていたわけです。
が、それから3年近い月日が流れ、ケーブルの電話を問題なく使っている人も多くいるようなので、ちょっと試してみることにしました。サービスを変えるには 、エンジニアが家に来て配線を変えることが必要で、その費用が40ドル。その後の電話代は一月あたり約20ドル以上安くなる勘定です。ケーブル配線
のエンジニアはテレビジャパンの受信に必要なケーブルボックスのセッティングもしてくれるそうなので、エンジニアの来る日も予約しました。サービスの変更は
新しく加入した会社(この場合はオプティマム)から元の会社(ベライゾン)に連絡が行くので、カスタマーサイドは何もしなくていいことになっています。
さて、その翌々日、ベライゾンから速達のクーリエ便が届きました。中には紙がぺラッと1枚。要するに「サービス変更を思いとどまってください」というお手紙で 、変更しないでくれたら国内無制限の電話サービスを月々14ドル99セントの特別料金で1年間提供、さらに50ドルのクレジット付きだそうです。その
上にいろんなサーチャージがつくにしても現在私が支払っている月々50ドル以上の料金よりずっと安い。ずうっと文句も言わず同じサービスを使い続けるロ
ーヤルカスタマーには高い料金で、やめたい人には特別料金か?
実は半年ほど前、あまりに電話料金が高いので、使いもしない国内無制限よりローカルサービスのみに切り替えようと思ってベライゾンに電話したら、サービ スを切り替えても結果的には安くならない上に、現在の料金が高すぎると言われ、その高すぎた分が戻ってきました。戻ってきたのは結構なんですが、これ
っておとなしいやつは取られ損ってことです。
というわけで、けっ何を今更と無視して1週間。オプティマムのエンジニアが来るはずの日が来ました。そう、「来るはず」の日。ええ、来ませんでした。時間枠 は朝8時~11時。でかけもせずに待っていたのに11時半になっても現れないので、カスタマーサービスに電話しました。すると、今日の予約の記録はな
いと言うのです。しかもそれを確かめるのに散々待たされて、あちこちまわされて電話口で30分。そのエンジニアが取り付けるはずのケーブルボックスがあら
かじめ郵送されてきていたのですが、そのボックスが発送された時点でコンピュータのシステムが自動的に予約をキャンセルしたからだそうです。ケーブルボック
スはテレビ部門の管轄で、電話の方は電話部門の管轄なのですが、その両方を一緒にオーダーしたのがうまく機能していなかったと言うのですが、ケーブル
テレビとインターネットと電話のトリプルプレーをさんざんコマーシャルしておいて、どうしてこういうことが起こる?しかも、電話部門のカスタマーサービスが言うに
は電話を配線するエンジニアはケーブルボックスの設置はしない、というのです。つまりオーダーを受けたやつが言ったのが大嘘。
予約の再設定を、と言われましたが、この後何が起こるかわかったもんじゃありません。もう、ケーブル電話はキャンセルします、ということになったのですが、 請求書にはもう電話代が掲載されているとのことで、それをキャンセルするのにまた30分。電話接続に必要なエンジニアは一言の断りもなくコンピュータが
勝手にキャンセルしておいて、なぜ請求だけする?やっと、キャンセルしたことを確認して、次はベライゾン。
キャンセルしたから特別料金とクレジットをよこせ、というお電話を即効でかけました。これだって、もちろんほっておけば安くなんかなりません。オプティマムで は、すでにキャンセルしたと言っていたのに、ベライゾンではまだキャンセルさせていないのでこちらからキャンセルします、と素早い対応。そう、ビジネスをゲット
するときだけは、どっちも素早い。オプティマムだって、キャンセルや苦情はそれぞれの部門をたらいまわしでしたが、オーダーするときは一人のカスタマーサー
ビスがまことに素早く対応したのです。
まったく、どいつもこいつも。ちなみに、ニューヨークタイムズは購読をキャンセルすると3ヶ月間20ドル引きをオファーされるそうです。この国のカスタマーサー ビスの基本は「ゴネ得」推進の精神です。 2008/02/08 猫1/26/2007
うちにはボーとスモーキーという2匹の猫がいます。このうち茶トラのおボーは子猫のときから毎日日課のようにゲロを吐く。それでも食欲旺盛で元気だし、餌を抗アレルギーの高いのにしても一向にかわらなかったので、もう4歳になった今ではそういう体質としてあきらめています。だから、うちではカーペットやカウチの色選びは猫ゲロフレンドリーな色と決まっています。駄猫のくせにロシアンブルーそっくりなおスモーは吐かない。が、おボーが吐いた餌を食べる。ちなみに猫が吐くのは嘔吐と吐出という2種類があって、食べてすぐそのまま出てくるのは吐出で嘔吐とは違うのだそうです。おボーのは吐出です。おスモーのゲロ食いを目撃した人は大抵最初はびびりますが、動物には親が吐き戻した餌を子供に与えるケースもあるので、これもわが家では、セルフクリーニングシステムとして見ないふりをすることにしています。 で、ここまでは実は本題とはまったく無関係。吐かないはずのおスモーが吐いた。おボーの習慣性ゲロと違っておスモーはえらく苦しそうに吐いた。遊んでいるうちに何かを喉につまらせたような気配です。でも、窒息した様子もないので、ああ、よかったと思っていたら、数時間してまた吐いた。今度は食べ物ではなく胃液風でなぜかウンコくさい。そして夜になってまた吐いた。猫ゲロは慣れっこですが、食べ物でなくウンコくさい胃液というのが心配になり、ネットで検索すると、「誤飲による腸閉塞」とかいう恐ろしげな病名が。治療方法は外科手術だそうで、健康診断と予防接種だけで200ドルも取る獣医で手術なんてしたらいくらかかるか、考えただけでクラクラしました。 が、おスモーは格別変わった様子もなく、寝ている。そう、猫は大抵寝ているわけですから、元気がないとかあるとかどうやって判断するんだ?明日になったら獣医さんに電話してみようと、思っていたら夜中になって餌を食べ出し、翌朝はすっかりいつもどおりの食欲。猫じゃらしを出してみたら普通に飛びついたので、治ったことにしました。 何かが詰まっていたのが何かの拍子に治ったのか、拾い食いによる食中毒だったのかは不明ですが、とにかく治った。 おボーはゲロっ吐きですが、どんくさいので危ないことはしません。が、おスモーはこれまでも、壁の隙間に落ちたり、乾燥機に閉じ込められたり、事故死寸前の前科がたくさんあります。curiosity kills cats.といいますが、curiosity costs a lot. になるのもすごく嫌。 スウィーニー・トッド1/11/2007 ジョニー・デップのスウィーニー・トッドを観てきました。ネタばれがいやな方は読まないでください。 一言で言うと、私は飽きた。ムーランルージュみたいな映画が好きな人は好きかも(私はあれも飽きた)。絵ヅラとしての美しさとというかエグさは、それなりに楽しめますが、しつこい。私はしつこいのは嫌い。飽きてしまったので、つい余計なことばっかり考えてしまいます。ジョニー・デップって歌も歌えるんだとか(吹き替えかな、と思うくらいで結構うまい)、役者なのになぜ歯列矯正しないんだろうとか(あのゴシックメイクだと必要以上に乱杭歯が目立つ)。 少年トビーの子役がとても可愛いくて達者。 それにしても、お食事前には見ないほうがいい映画です。人肉食いってことでなく、一番最初にミートパイ屋が出てくるところ(まだ人肉は使ってない)がすごい。ミートパイは格別好きじゃありませんが、当分食べる気にはならないな、さすがに。 医者さがし1/9/2007 アメリカではかかりつけの医者をもつことになっています。そうでないと、病気になったときにすぐにみてもらえません。その上、いまどきのアメリカの保険はほとんどがマネージドケアというシステムになっていて、決まったかかりつけの医者以外には保険がききません(専門医にが必要な場合にも、決まった範囲の医者から選ぶ)。アメリカには国民健康保険という皆保険制度は存在しないので、生命保険とかと同じく各個人が各保険会社が販売している健康保険を買います。よって、保険がカバーする範囲も保険商品によって違います。かかりつけ医として選べる医者のリストもそれぞれの保険によって決まってまして、掛金が高い健康保険ほど選べるリストは広い。保険でカバーされる医療サービスの範囲も掛金が高いほど広い。健康保険は商品ですから、当然、収入スライド制なんてものは存在しません。買い手が大金持ちだろうとホームレスだろうと同一の保険商品の掛金は同じ。と、まあ、ある意味でわかりやすいといえば、わかりやすいシステムになっています。つまり、いい医者にかかって長生きしたけりゃ金持ちになれ、貧乏人は死ねってことですね。 で、その保険の掛金がとんでもなく高い。企業に雇われている場合には、企業ぐるみで保険を購入するし、企業が一部の掛金は負担するのでまだましですが(それでも日本より遥かに高い)、自営業ともなれば加入できる保険の種類が限られている上に掛金が尋常じゃありません。一人で一ヶ月400ドル程度は覚悟しなきゃなりません。子供2人の家族ともなれば千ドル以上は確実です。それでも処方薬、歯科はいっさいカバーなしです。 というような事情のもとに私および元夫と娘は自営業として購入できる中から最もエコノミカルな健康保険を渡り歩いているわけです。で、掛金を節約すれば当然選べる医者の範囲も狭い。その中から選んで比較的近くにあるグループ診療(複数の医者がグループとして互いにカバーしながら診療する)の内科医と小児科医をかかりつけにしていました。が、この医療グループが昨年、別の医療グループと合併しまして、扱う保険の種類を急に変えてしまったのです。 年末にたまたま医者にかかった元夫が「この保険は来年から扱わないことになりました」と唐突に言われたそうです。せめて患者に事前に連絡くらいしてくれ。元夫からその話をきいて今日、慌てて調べたら私の内科医も娘の小児科医も全滅。私たちのもってる保険はきかなくなりました。ということは、別の医者をできるだけ早くさがさないと、病気になった、怪我をした、という時に立ち往生してしまうわけです。それにしても、ただでさえ狭い範囲から選んでいるのに、ますます狭くなってるんだから頭が痛い。 娘は3回のブースターショットが必要な予防接種の3回目が今月の予定です。3回セットなんだから、おまけでやってくれてもよさそうなもんですが、そういうところはまったく融通がききません。自己負担でなんていうと目玉が飛び出るような請求書が来る(どういうわけか保険屋に請求するよりも個人に請求する医療費のほうが破格に高いというシステムになっている)。それがいやなら、たかがナースに注射1本してもらうために医者をさがさなきゃなりません。しかも、これまでの医療レコードも全部移さないと。ああ、病気になりそうなくらいめんどくさい。 あと2ヶ月で健康保険の書き換えですから、場合によれば、また3ヶ月で医者を変えなきゃってことにもなりかねない。こういうことで時間と手間をとられるのって本当にいや。無駄の最たるものです。 オバマでもクリントンでも誰でもいいから、このアメリカの最低のヘルスケアシステムを何とかしてくれ。たぶん、なんともならないだろうけど。 寒い1/5/2007 昨日から尋常じゃなく寒いです。朝の気温は華氏8度(毎年しつこいようですが氷点は華氏32度ですから)。最高気温は20度。でも体感気温は1度だそうです。うう、寒いよう。外に出る気がしない。 この寒さの中、うちの娘は靴下をはかずにフラッツ(ぺッタンコなバレエシューズ)をはいて学校に歩いていきました。フラッツに靴下なんてかっこ悪いからだそうです。もちろん帽子も手袋もなし。馬鹿です。せめてブーツをはけ。 もう新年1/3/2007
アメリカに住むようになってからというもの元旦は、ほとんど意地になって友人家族を招いて新年会をしています。これも意地になって御節を作り、今年も大人12名、子供10名というお客様で賑やかに年が明けました。なんだか2007年の新年会がつい昨日のことのようなんですけどね。 御節料理は黒豆、昆布巻き、伊達巻、なます、椎茸の煮しめ、タタキ牛蒡、レンコンの鮭詰めが毎年の定番。あとは鶏団子と大根、サトイモの煮しめ、煮豚、サラダ、塩焼き鳥、ベイクドパスタ(お子様用)、茹でたブロッコリとニンジン(醤油マヨネーズ添え)。それからお客様のおもたせで数の子と筑前煮、スナップピーズのガーリックソテー。それから今年はお子様用にと思ってご飯を炊いておいたのですが、これが好評。御節料理っていうのは結構味が濃いので大人でもご飯が食べたくなるもんなんですね。お正月にご飯ってあんまり考えなかったけど。 デザートは和菓子は黄身しぐれ(本当は花びら餅を作りたかったのですが、白玉粉を買い忘れた)、洋菓子はイチゴのロールケーキ、ブラウニー、マシュマロ、フローランタン。 一応、子供たちに文化的ヘリテージを伝えるという大義名分があるわけですが、手間隙かかる手作りの御節料理には子供らは見向きもせず、大人だけが喜んでくれます。で、いただきもののワインをしこたま飲んで幸せな元旦でした。 今年は元旦が火曜日という最悪のカレンダーなので2日から学校や仕事が始まります。アメリカに何年住んでも正月3が日に仕事をするということに馴染めません。身体も頭も正月気分が抜けない。今年は日本から戻ってから息つく間もないほど忙しかったので、よけいぼうっとしています。 そこへもってきてアウトルックが不具合。暮れの28日ごろから送信したメール(送信履歴には入っている)が全く届いていない、着信したメールが消えている(着信数には入っているが、誰からどういうメールが入って消えたのかは不明)という最悪のパターンが判明しました。アウトルックをインストールしなおして一応直ったはずなので、12月28日以降にメールをくださった方はお手数ですがもう一度お送りください。 怒涛の1週間12/20/2007 予想していた事とはいえ、ニューヨークに戻ってから1週間、何がなんだかわかんないくらいバタバタと過ごしています。これも予想通り、家の中は相当なもので、猫トイレの砂はガビガビに固まって散らばりまくってるし(娘の掬い方がいい加減だから)、これも昨年同様、乾ききった猫ゲロが窓のシャッターにべったり(他のゲロは掃除したけど、これは気がつかなかったそうだ。テーブルの下ならともかく思いっきり目線位置にあって何故気づかない?)、家中好き勝手に猫が跳梁跋扈した結果どこもかしこも毛だらけ(娘がドアをきちんとしめないから)。もちろん娘の服や本やその他もろもろのものは床に散らかり放題(本人は片付けたつもり。どうして見えない?)。もうどなる気力もない。 家の中を人間が住める状態にするのに5時間。今年も時差ぼけもへったくれもなく荷物を解く暇もなくお掃除だ。 で、メールをチェックすると、すでにお仕事が入っていて(有り難いことではありますが)、改装工事も翌日から再開。私が自分で買ってこなきゃならないものがいろいろあって、ホームデポへ。ドアノブ、ペンキ、ペンキ塗りの道具、その他こまごましたハードウエアですが、あのだだっぴろいホームデポで必要なものを見つけるのは、これがなかなか大変です。 でもって、時差ボケを幸いに、早朝5時にペンキ塗り(予算削減のためペンキ塗りは自分ですることにしています。家中全部自分でやってるのでペンキ塗りには自信があります)。前日までにカーペンターが仕上げた部分に朝5時に塗っておけば、カーペンターの出勤時間(8時)には乾くので作業に支障なくすすめられます。この要領で1日目はプライマー(ペンキ下地)、2日目には一塗り目、2日目には二塗り目とやっていけばプラマーが来て便器をとりつける前にペンキ塗りを終われるので細かいところをテープでカバーする必要がないのでずっと能率がいいのです。 で、昼間は仕事をしていると9時ごろにはもう体力と気力の限界となって寝てしまうので、いつまでたっても時差ボケがなおりません。 とにかくも1週間で、無事にマスターバスルームの改装はほぼ終了。現在はパウダールームが改装中。こんどはこっちで、相変わらず朝一ペンキ塗り作戦続行です。 続き12/9/2007 観劇第2弾は、クリエシアター杮落しの三谷幸喜「恐れを知らぬ川上音二郎一座」。実はこの手の商業演劇を見るのは初めてに近いのですが、これは、なかなかとれないお宝チケットを友達がとってくれたもの。なるほど、三谷作品っていうのはテンポのいい面白い芝居じゃないか、と思っていたら後半腰砕け。でも、とにかく役者がいきいきしてます。 週末は越後湯沢に続いて、大学の古代国文学ゼミ仲間と飛鳥にセンチメンタルジャーニー。みんな変わらないけど、飛鳥には四半世紀のときが確実に流れていて、やたらと整地されてて囲われてお金をとるようになっていました。でも、昔からの友達ってほんとにいいものです。飛鳥も、それなりの酒どころですが、ここの原酒は私には今ひとつでした。 帰りに神戸の友人宅に立ち寄って、とめてもらいました。お好み焼きのチェーン店でごちそうになったのですが(粉もんや)、このお好み焼きがすごく美味しかった。東京のお好み焼きとはぜんぜんちがいます。山芋たっぷりでふわふわ。 東京に戻って翌日は観劇第3弾。歌舞伎座12月夜の部。ここ数年玉三郎を観るチャンスがあってもがっかりさせられてばっかりでしたが、今回は面白かった。「ふるアメリカに袖はぬらさじ」。歌舞伎としてかかれた戯曲ではありませんが、面白かったのは、最近に珍しく役者の格のつりあいがとれたしっかりしたキャスティングだったからだと思う。こういうまともなキャスティングでいつもやってくれるといいんだけど。その分、「寺子屋」のキャスティングがとんでもなかったですが。所作事の常磐津はいきなり調子っぱずれで歌いだされて、のけぞりました。歌舞伎座の本公演でこれって、よほど人材がいないんでしょうか。 さらに続けて観劇第4弾は、花組芝居の「仮名手本忠臣蔵」。はっきり言って寝ました。演目選びが失敗だと思う。 で、友達に会ったり、ちょこっと仕事の打ち合わせをしたり、カバイチの忘年会に出たりしてるうちに東京滞在も残り18時間ほどとなりました。また、ニューヨークに戻ると娘がとっちらかした家を見て血圧が上がるんだろうなあ。 もう帰国12/8/2007 今年は大型3週間と思っていましたが、バタバタするのは3週間でも10日でも同じ。家族と1泊旅行に行き、大学時代のゼミ友達と四半世紀ぶりの飛鳥旅行に行き、神戸の友達を訪ねたりしたので、それなりに盛りだくさんではありましたが。忘れないうちにその記録。 弟家族と父と行った越後湯沢のスキーリゾートホテルはシーズン前で格安なわりに食事が大変おいしくて、ここのパンが絶品。日本はどこに行ってもおいしいものがあるのに感心します。越後はさすが酒どころで、そのへんでワンカップで売ってる季節限定のしぼりたて原酒(「菊水」のふなくち)がすごく美味しい。続きはまた。 東京11/25/2007 21日から東京です。今回はドンとまとめて3週間。バスルームの改装工事も一応予定通りの床タイルにシャワーとバスタブ、キャビネット設置まで完了。帰国前日に設置されたシャワーブースとキャビネットを業者が採寸しに来て、それをもとにシャワーブースのガラス間仕切りと洗面台のカウンタートップがむこうに戻る3週間後に仕上がって取り付け可能になっている予定。つまり改装工事の合間を縫って里帰りというわけです。 時差ボケ回復のため、着いた早々からとばしまくり、着いた翌日は歌舞伎座。仮花道の真横の席で手をのばせば届きそうなところの仁左衛門の御所五郎蔵で目の保養。それにしても60過ぎてこの美しさって。白塗りって近くで見ると意外に皺やたるみが目立つものなんですが、それがぜんぜんない。 明けて金曜日はカバイチ関係の歌のコンサートで青梅の聞修院へ。カバイチのメンバーにはおなじみの会場なんですが、私はめぐり合わせが悪くて今回初めて行きました。山の中の雰囲気たっぷりの禅寺です。 そして、土日は弟の家族と父と一緒に湯沢に一泊旅行。 このスケジュールが効いたのか、毎晩1錠ずつのメラトーニンが効いてるのか、これまでになく快調に時差ボケをクリアしつつあります。 相変わらず 11/5/2007 前の日記にレスをつけてくださった皆様、ご心配いただきまして、ありがとうございました。お言葉に甘えてレスなしでまた2週間。 超バタバタは相変わらずですが、ちょっと1段落。先週からバスルームの改装工事が始まり、毎日職人さんたちがいれかわり立ち代り出入りしてる状態です。シャワーのないのは、私はコンドのクラブハウスのプール用シャワーでクリア。娘はお父さんの家と友達の家で、まあなんとかなっています。 しかしまあ、工事が始まってみると、何かあるたびに跳ね上がる経費。壁をあけてみたら、こんなところにパイプがあったから、これ動かすのにプラミングが480ドル、とか、タイル張りのふちのところはサドルをつけた方が水漏れのプロテクションになるからっていうんで(サドルっていうのは大理石の板みたいなもんです。)またこれが全部で数百ドル。 バスルームとキッチンの改装は、家を売る際に戻ってくる(つまりそれだけ高く売れる)というのが一般常識なので一石二鳥じゃないか、というので家へのインベストメントとして始めた改装工事ですが、この鬱陶しさははんばじゃない。キッチンより数倍面倒です。 縦型の洗濯機と乾燥機を入れる予定のランドリークローゼットスペースは、スタンダードサイズのマシンにはほんの2インチほど奥行きが足りないことが判明。値段が倍くらいするフロンドロード型の洗濯機にするか、容量半分のコンパクトにするしかない。洗面台のバニティライトは、メディソンキャビネットが5インチとびだしているぶん(壁にパイプが埋まってるので埋め込もうとするとえらくお金がかかる)、10インチくらいはアームのあるライトをさがさなきゃならない(現在みつけた最長8インチ)。 この類の決定に要するリサーチとお買い物の時間というのが半端じゃありません。 シャワーのノブからドアの位置まで、何かにつけて、高さを決めろ、形を決めろ、つける位置を決めろと言われるのも、結構なストレス。私の身長にあわせたら規格外になるに違いないので、売るときに障害にならない程度に見た目がスタンダードっぽくなるようにしなくちゃならない。これが大変。 日本に行く前までに、前半工事が終了し(一応シャワーが使えるようになる)、戻ってから後半工事ってことで、その後ペンキ塗り。これは経費節約のため自分でやります(プラミングや電気工事や大工仕事はできないけど、ペンキ塗りには自信がある)。というわけで、年内はこのプロジェクトに悩まされる予定です。 なんと1ヶ月10/24/2007 この1ヶ月、お仕事、私生活ひっくるめて、とんでもない忙しさで、ブログ日記も3年前に始めて以来、最長ほったらかし記録1ヶ月になってしまいました。 相変わらず、とんでもなく忙しくて、日記を書く心の余裕が全然ない。あさって朝締め切りの仕事があるんですが、思いっきり間に合ってない(何が何でも間にあわさなきゃいけないわけですが)。で、来週月曜から、バスルームの改装工事がはいります。いつかやらなきゃと思って延ばし延ばしにしてきたのを、やっと重い腰をあげたとたんにこの忙しさ。もうキャンセルするわけにはいかないところまできてるのでやるしかない。毎日職人さんたちが入るのに加えて決めなきゃならないこと、買わなきゃならないものもいっぱい。まずバスルーム内のものをぜんぶクリアにしなきゃならないし。その上3週間、シャワー(トイレはもう1つある)なしで過ごすことになります。その間の借りシャワーをどうするかという問題も全然手配できてません。 しかも、あと1ヶ月で日本帰国。今年に限ってゆったり3週間バケーションを予定してしまったので(航空券変更不可)、そのぶん、出発前の忙しさは例年を上回るのは必至。 ああ、どうしてこういうことに。 ベケット9/22/2007 この9月からハイスクールに入学した娘の学校のガイダンスがありました。ミドルスクールやハイスクールにはクラス担任というものがありません(クラスもない)。だから保護者会とか保護者面談というのがないかわりに年度始めに各学科の担任が1年の学習計画について説明する日というのがあります。夜7時から10時近くまで行われ、各教科担任の持ち時間10分で、父母は子供たちが普段行っている時間割の短縮版のような形で各学科の教室を回るわけです。なにしろ1学年400人ですから、その時間割の複雑なこと、建て増しを重ねた校舎の迷路のようなわかりにくさといったら大変なもので、廊下にボランティアの学生がいっぱい立っていて道案内にあたり、その中を何百人もの父母が10分毎にラッシュアワーのように往来しているという異様な光景となります。 各教科内容の解説は、なにしろ10分の通りいっぺんですからとりたてて面白いものではないのですが、まあ、先生の顔くらいはわかります。教科書というものがないので、親にとってはこの時に渡されるレジメだけが教科内容を知るよすがとなります。が、それもハイスクールにもなれば、わかったところで親の出る幕はありません。私としては娘のためというより、アメリカのハイスクールではどのように各教科が教えられているのか、という個人的な興味のみで聞いています。 で、イングリッシュつまり国語のクラスでのこと。ハイスクールの国語が、これまでのミドルスクールと違うな、と思ったのは、古典的な長編まるごと数冊を年間の教材にする点です。娘のクラスの1年間の教材に選ばれていたのが、まず最初が『蝿の王』、次に『メディア』、そして『ベケット』、『カンタベリー物語』『ロミオとジュリエット』とありました。 これまで、娘が学校でもらってくる読書リストには私が知ってるタイトルはまずないと言っていいほどでしたが、ハイスクールに入って、やっと日本人にもお馴染みのタイトルが登場してきました。このうち4つはすぐわかりましたが、『ベケット』って? ベケットといったら、私のマイミクさんたちの多くが即座に思い浮かべるのが「ゴドーを待ちながら」でありましょう。わたしもそうです。しかも、先生が『ベケット』について、「これは2人の男が出てくる近代の戯曲で、」というので、わたしはてっきりベケット作の『ゴドー』と思ったのっですが、どう考えてもこのラインアップでは『ゴドー』は浮いている。しかも他はタイトルなのに、ベケットだけ作者名っていうのも変。 一緒にいた元夫(*学校の保護者向けガイダンスは両親揃って出席するのが普通で、離婚していてもこういうときだけは顔を合わせるというのは珍しくない)に、 「これって『ゴドーを待ちながら』なの?」と聞くと 「サミュエル・ベケットのベケットはtが2つだ。これは1つだから戯曲の『ベケット』」と言ってました。 家に帰ってグーグルで検索したら、たしかにありました。『ベケット』っていう60年代の戯曲が。中世の王様とその参謀の話で、たしかに「2人の男が出てくる近代の戯曲」だ。日本語で「ベケット」で検索しても出てくるのは『ゴドー』ばっかりですが、t1つのBecketで検索すれば、戯曲の『ベケット』が出てきます。ベケットのtの数なんて知りもしませんでしたが、西洋人でベケットを知ってる人にとっては当然の区別なのでしょう。 英語で聞いているときは、自分の知識の中からの類推で聞き取っている部分がかなりあるので、この手の勘違いは、これまでも結構いっぱいしてるんだろうなあ、と思います。 オウム9/12/2007 昨日の新聞の隅っこに天才オウムが死んだという記事がありました。このオウムは数や色、形、文字がわかったそうで、動物学の学者が35年にわたって研究対象として教え込んできた有名なオウムさんらしい。アイちゃんのオウム版。 で、このオウム、アレックスの飼い主はペッパーバーグ博士という女性の研究者なんですが、35年前、まだ博士課程の学生だったときにペットショップで買ってきたのだそうです。で、アレックスが予想外の能力を示したので、そのまま生涯の研究対象となってしまったらしい。この学者さんはおそらく今50代か60代なのだろうけど、35年といったら大人になってからの生活をずっとともにしてきたわけで、しかもキャリアもともに築いてきた仲。これって夫や子供に死なれるより辛いかもなあ。 アレックスが亡くなる前の晩はいつものように夜になってケージに覆いをかぶせると「See you Tomorrow. I love you.」と言っていて(オウムだからしゃべる)、朝起きたらケージの中で死んでいたのだそうです。うわあ、これって悲しすぎる。 MOMA9/12/2007 新しくなったMOMAに初めて行ってきました。メンバーになってる友人から招待券をいただいたので。最後に行ったのはもう5年以上前のことになりますが、いつもMOMAはどうも好きになれない美術館でした。せまっくるしくて(メトロポリタンと比べると)混んでて、いつもどこか工事中に見づらい、という印象があったんですが、改装でレイアウトはずっとよくなっていました。当たり前といえば当たり前ですが。 仕事の合間の1時間半という駆け足だったので、はなからアートを鑑賞するのではなく、改装後のMOMA見物というつもりでいましたが、印象はなかなかよかったです。ミッドタウンで便利だし(だからいつも混んでるんだろうけど)、メンバーになってもいいかな、と思いました。そうすれば、ちょっとあいた時間に好きな絵だけ見てくるっていうのも可能だし。ちなみにMOMAの入場料は20ドルと破格に高い。でもメンバーシップは70ドルくらい(他の美術館とだいたい同額)で1年間フリーパス。 美術館じたいに行くのがもう5年ぶりくらいだということにも気づきました。いつでもそこにあるっていうのが、かえっていけない。思えば、5,6年前は今よりずうっと暇があった。その時はそれなりに忙しいと思ってたんですが。人は歳とともに忙しくなっていくものなんだなあ、と実感。 ところで、久しぶりに行った美術館で気づいたのが写真をとってる人がやたら多いこと。絵の写真なんか携帯やデジカメでとってどうするんだ?人をいれて見物証拠写真っていうならまだわかるけど、大半の人は絵だけ撮ってるんです。別に撮りたきゃ撮ってもいいようなもんですが、たいてい絵のまんまえに寄って撮ってるので、これが結構邪魔。撮った写真をあとからどうするんだろうなあ。 繁昌亭(英語落語)9/12/2007 英語の落語です。大阪にできた落語の常打ち小屋、繁昌亭のニューヨーク公演を観に行きました。出し物は全部英語。 前座の若い落語家が「舞台では英語をしゃべるけど、街でみかけたら話しかけないでね」と言ってた(英語で)けど、出演してた落語家は別に英語ができるわけではないようです。いかにも英語の台本を丸覚えしました、という感じでした。が、それでも結構面白いんです。ちゃんと落語として成り立ってます。間のとり方とかそういうことなんだろうけど、よくぞここまで稽古したなあ、と感心。日本人としては日本語で聞いたらもっと面白いだろうな、と思わなくはないけど(ちょろっと日本語がはさまると、やっぱりそこだけ調子が抜群だから、その辺はパワーダウンしてると思う)、英語にしてるからこそわかるネタもあったりして、別物として楽しめます。 客席は日本人と外人(日本語が母国語じゃない人)半々でしたが、きっと一番楽しめるのは、日本語も少しはわかるけど母国語が英語という人だったと思う。娘をつれていけばよかったと思いました。有名な森首相とクリントンの「Who are you?」「me too」とか、娘が喜びそうなネタがいっぱいあったし。 数年前に、日本で娘を落語に連れていって玉砕して、すっかり日本の伝統芸能=つまらない、という印象を植え付けてしまったんですが(もっと前に歌舞伎でも玉砕した)、日本語で古典落語を聞かせた私が馬鹿だった。わかるわけがない。 アメリカ生まれの日本人の子供のための英語落語の公演をやってくれないかなあ。 計算機8/30/2007 さて、やっと新学期が近づいてきました。今度の月曜(3日)のレイバーデイでアメリカの夏は正式に終了し、子供たちは学校が始まります(学区によってはもっと早くから始まる)。 アメリカの新学年となる9月の新学期が近づくと学校のそれぞれの先生から購入すべき学用品リストが送られてきます。だいたいノートとかフォルダー、ボールペン、マーカー、鉛筆1ダース、定規とかそんなものなのですが、これが各学科の先生からくると結構な大買い物となります。ノートや鉛筆なんてなんでもいいじゃないか、と思うのですが、バインダーの穴の数とかフォルダーの大きさ、鉛筆の硬度まで指定されているので結局毎年新しく山のように買うことになる。少しは使いまわしを考えて学用品だって3年単位で指定してくれればいいんですが、そのへんは消費大国アメリカです。消費財に使いまわしという発想はない。 昨年までのミドルスクールでは、PTAのファンドレージングの一環として必要な学用品の一括購入をしていて、ちょっと割高になりますが、いちいちリストを見ながら買い物をしなくていいので、それをセットで買っていました。だいたい毎年60ドルくらい。 が、ハイスクールにはそういうシステムはありません。各生徒の受けるクラスが細分化されるので必要な学用品もさまざまになってしまうからです。で、今年は久しぶりにステープルズに学用品の買出しに行きました。ステープルズは同じような買出しに来ている親子連れでクリスマス以上の大混雑。 今年の学用品リスト(ハイスクールになるとリストは郵送されず、それぞれがウエブサイトを見て、自分が受けるクラスに必要なものをリストアップする)は去年よりぐっと多い。そして高い。合計165ドル78セント。 諸悪の根源は、数学で指定されているグラフィック・カリキュレーターという計算機です。なんとたかが計算機が1台94ドル!本当にこれが必要なのか?本当に全員が買うのか?と何度も娘に確認したのですが、間違いないと言います。リストにはモデル番号まで指定してあったし、最初から高いカリキュレーターだと娘が言っていたのでまあ、間違いではないのでしょう。娘のクラスに限らず全ての数学のクラスで必須アイテムだそうなので、娘の学年400人以上が全員購入するわけです、100ドルの計算機。 それにしても私には理解できません。数学にどうして計算機がいる?私たちが紙と鉛筆だけで習った時から高校の数学の内容が進歩しているとは思えません。これって国語や英語の授業にワープロソフトと辞書機能いれたパソコン持って来いって言ってるようなもんじゃないのか? LとR問題8/29/2007 お月見の夕べの会場のミュージアムの担当者がロレインといいます。会場について、まずは舞台のセッティングを確認しなくちゃとスタッフ風の人に「ロレインどこにいるか知らない?」ときくと「ロレインって?L、R?」と聞き返されてしまいました。私はこの手のLとRが両方入った名前のスペルは絶対といっていいくらい覚えられない。だから、かなりの確率で日本のラ行風のいい加減な発音でごまかす場合が多いのですが、たいがいその場にいる人の数なんて限られてるので問題なく察してもらえるわけで、こういう切りかえしが来ることはめったにありません。ロレインにはLバージョンとRバージョンとあるのか?とか思いながら一生懸命思いだそうとしたのですが、考えれば考えるほどわからない。 アメリカでは日本人(に限らずアジア人)はLとRの発音が苦手であるということは定説になっているのですが、これは間違いです。発音の仕方くらい不器用な人でも5分も習えばわかります。書いてあるのを読むのならlockとrockは正確に言い分けられます。が、聞き取れない。普通に話してるのを普通に聞いてたらまず聞き分けられない(よっぽどゆっくり話すのを注意して聞いてればわかるかもしれないけど)。 が、聞き取れない、ということも実は問題の核心ではありません。聞き返せばいいんだし。一番の問題は記憶の引き出しがラ行しかないってことなんです。これは聞き取れないということが根源なのかもしれませんが、聞いたり読んだりした単語を記憶するときにはLもRも同じ引き出しに入ってしまうので思い出すことができなくなります。 それでも、よく使う単語はさすがに覚えているわけですが、多分それは言語としてよりグラフィックなイメージとして記憶の引き出しに入ってるんです。だからLとRが両方はいってる固有名詞は一番覚えられない。絵面としてLとRのどっちが先にあったか正確に思い出せないから。LindaとかLisaならいいんですが、ロレイン(Lorraine)とかローラ、ラリー、ヒラリー、バレリーとか、うんざりする名前です。よほど親しい仲ならともかく、覚えちゃ忘れ、覚えちゃ忘れですから。企業名のメリルリンチとかも嫌ですが、これはロゴが記憶にあるので覚えやすい。個人名もロゴを作ってくれるといいんですが。 固有名詞でなくとも、あまり書くチャンスのない単語は読むチャンスが多くてもLだかRだかわからなくなる。スペルチェックされても正しいスペルが出てこなくて、結局、しょうがないや、和英でひいてスペルを調べましょうってことになるのは、たいがいこのLRがらみです。 このLだったかRだったか覚えられないというのはアメリカ人には想像もできないことなので説明しようとすると、えらく長い話をしなきゃなりません。だから「エリー湖ってLだっけRだっけ?」という類の質問をできる相手は娘くらいなものです。少なくとも娘は質問の意味はすぐ理解しますが、一般のアメリカ人だったら何を聞かれてるのかわからないと思う。 で、日本人がLとRを間違って発音すると現象的には発音ができない、ということになるのです。そうじゃないんだけどね。 聞き取る方は打つ手はありません。人間は1歳前に母国語に必要な聞き分けだけを選びとるそうで、子供のうちならともかく大人になってからでは絶望的です。子供のうちだって、週1回の英会話教室じゃお話にならなくて、どっぷり毎日英語だけで生活しなきゃ聞き取れるようになんて絶対なりません。 せめて記憶の引き出しの方はなんとかならないもんだろうか、といつも思うのですが、いまだにどうにもなりません。ひょっとするとデザイン系とかグラフィック系の仕事をしてる人の方がLRの記憶分けは得意かも。 重い。8/28/2007 今年も恒例のお月見の夕べの琴コンサート。ずっともはや秋かというほど涼しかったのに突然蒸し暑くなりまして、夜になっても気温が下がらず、湿気もすごい。演奏用ステージは日本庭園の池に向けて設置されているので(観客は池越しに見るわけです)楽譜がしっとりしてくるほどの湿気。さらに楽譜を照らすライトに向かって群れになってやってくる虫。息すると虫を吸い込みそうなほどで参りました。 暑い暑いといいながら翌日土曜日はパリサイドモールのイベントでお琴。この日もすごく暑かった。薄物とはいっても着物は暑くて、脱いだら帯揚げまで汗でじっとりするほど。 演奏そのものはとっても楽しかったのですが、2日続くと琴運びがこたえます。とくに今回は2日とも17弦(ベース琴)とお琴と両方あったので、会場の中を移動するだけでしみじみ重かった。 いったいどれくらい重いのか、重さを量ってみました。で、私のお琴は6キロ。180センチもあるわりには軽いです。17弦は14キロ。これも思ったほど重くない。でも問題は長さにあります。確実に2メートル以上あるのですごく持ちにくいのです。この形状ゆえにコントラバスみたいにローラーをつけて曳いていくことができません(安定も悪いし、ドアを通れない)。17弦はおそらく西洋楽器もふくめて持ち歩く楽器としては重さ持ちにくさナンバー1じゃないかと思う。せいぜいきばってウエイトトレーニングをしないと、そのうちに扱えなくなってしまう。 マーク・モリス 8/20/2007
日本は相変わらず猛暑らしいですが、ニューヨークはもう夏も終わりのムードです。昨夜は華氏50度(摂氏10度以下)をきるという予報だったので窓を閉めて寝ました。昼間もたぶん20度くらい。快適といえば快適ですが、この後長い冬が待ってるもんでニューヨークの夏の終わりは寂しい気分が充満してます。残暑もいやだけど、この気分も嫌です。 さて、テレビでマーク・モリスのMostly Mozartを観ました。マーク・モリスはマーサ・グラハムやアルビン・エイリー亡き後(舞踊団そのものは今もありますが)、アメリカモダンダンス界の現役最大手ですが、私はめぐり合わせが悪くて生の舞台を1度も観たことがありません。これも観たかったものなので、珍しく気合を入れてテレビの前に座りました。 が、カメラワークが最悪。製作者にダンスに対する愛がない。画期的という振り付けではないけど、それなりにモーツアルトの心地良さが出てる楽しい振りなのに、カメラワークのおかげでイライラさせられっぱなし。舞台をフレームに入れたままピントだけ合わせて固定してくれた方が100倍ましです。 振りそのものは単純で、次々と変わるフォーメーションやソロとグループとの掛け合いが面白さなのに、ソロだけアップにしてどうする?しかも上半身。ダンスは足なんだよ、足。ダンサーの顔映してどうすんだよ?群舞のダンサーを一人一人カメラでなめてんじゃないよ。子供の発表会じゃないんだからさあ、全員の顔が映んなくってもいいんだよ。顔なんかアップにしなくたってダンサーの個性は十分伝わるんだから。 しかも、ダンスが進行してるのに、ピアニスト(エマニュエル・アクス)のアップが度々挿入される。いくら有名なピアニストだからってオーケストラピットに入ってて観客に見えないはずのものをなぜわざわざダンスをぶった切って映す?エマニュエル・アクス本人だって嬉しくないと思うぞ。 マーク・モリスは個性的な体型のダンサーが多いってことでも定評がありまして、女のソリストは身長148センチだったし(でも華奢ではなくて弾丸みたいにたくましい)、二の腕の太さが私に負けないくらいの立派な体格のダンサーも結構います。体型も個性もバラバラなダンサーによるユニゾンやアンサンブルっていうのが、マーク・モリスに限らずアメリカのモダンダンスの面白いところの一つです。そういう面白さも全体を映してくれないとわかりません。 モーツアルトの音によく合ったアンサンブルで、きっとイライラさせられないで観たらなかなかよかったと思うので残念。テレビでただで観るんじゃなくて、チケット買って生で観なきゃだめってことなんだろうけど。気軽に劇場に行けるマンハッタンにまた住みたいもんです。 どうしてこいつは8/17/2007 娘はほとんど家にいません。毎日のようにお泊り。まあ、ずうっと行っててくれるんなら、それもいいんですが、毎日のように違う家に出かけるので送り迎えがめんどくさい。この忙しいのに冗談じゃない、お母さんは家で仕事してんだからねっ行きたきゃ乗せてくれる人見つけて来いっと、毎日険悪な空気が漂う今日この頃。 昨日も夕方突然「Bの家に行く」と言い出しました。だいたい私はBの家がどこにあるのかも知らない。Bの家にはミドルスクールの卒様式の日に泊まりに行ってるのですが、その時は学校から直接連れていかれて、お迎えはお父さんだったので私は見当がつかない。行きたきゃ、すぐに住所を調べろ、というと書いてもってきました。以前はいちいち行き先の親に電話して行き方をたずねていましたが、口頭で聞くよりグーグルマップで調べた方がわかりやすいことが判明したので、最近はもっぱらこれです。で、調べて連れていきました。 家の前でおろして、一応ドアを入るまでは見届けようと思っていたのですが、ちょっと地図を見てるうちに姿が見えなくなりました。やけに早いなと思いましたが、てっきり中に入ったものと思い、戻ってきました。 家に戻ると留守電に娘のメッセージが入っています。「I'll get back to you sa soon as possible」って、なんだかわかがわからないメッセージだけが残っています。とにかく確かめてみようと、Bの家に電話しました。すると家の娘は来てないというのです。来てないって、たった15分くらい前に家の前で降ろしたのに。念のため、住所を確かめると「それは引っ越す前の住所」というじゃないですか。もう血がひきまくりました。このあたりは家も点々としていて、まず外に人なんか歩いていません。しかももう外は真っ暗。娘は携帯電話を持っていません(先週壊した)。でも電話をかけてきたってことはどこかにいるわけだし、いったいどこにいるんだ?電話口でなにやらBとお母さんが話している声がして「いるところがわかったから、これから迎えに行ってくる。Don't worry」と言うので、とりあえず電話を切ったのですが、いる場所がわかったっていったいどこにいるんだ?もっと詳しくきいとけばよかった、と思ってもう一度電話しましたが、もうBとお母さんは出た後。その後、無事Bの家に保護された娘から電話があるまでたかだか30分程度のことですが、生きた心地がしないとはまさにこのこと。いてもたってもいられない状態とはいえ、待つしかないわけで、電話が鳴ったときには心底ほっとしました。 が、もちろん、ホッとすると同時に怒り心頭。一度お泊りまでした家と全然違う家に連れていかれてどうして気づかない?どうして住所を本人に確認しない?どうして携帯を壊す? で、今朝、昨日の家とはまったく違うところにある(6キロは離れている)家に迎えに行くと、広さといいスタイルといい家自体が似ても似つかない家。どうしてこの違いに気づかないんだ? 娘によると、姿が消えたときは正面ドアで反応がなかったので、裏に回っていたらしい。で、これは違うと気づいたのが犬がうなっていたから。その前に家で気づけ、家で。慌てて戻ったら、私の車がちょうど走る去るところだったのだそうです。 さすがの娘もあせったらしいのですが、とにかくその辺に家のベルを押して電話を借りようとした。1軒目では中年の女の人が出てきたけど「今私は一人だから、電話は貸せない」と言ったそうで、うちの娘がピストルでも持ってると思ったのか。次の家は誰も出ず、次の家で出てきたのが50代くらいのおじさん。電話は貸してくれたものの、家の中には他に誰もいない様子なので、今度は娘の方が不安になったらしく、それで慌てて妙なメッセージを残したらしい。せめて事情くらい言え。 で、家は留守電になってるし、私の携帯は出ないし(電源を入れ忘れていた)っていうので、電話番号を覚えてる友達に電話して、Bの電話番号をきいて電話したのが、ちょうど私がBの家に電話した時らしい。 ともかく無事でラッキーだったわけですが、その話をし終わったとたんに、「今日は2時にMの家に行くことになった」と言い出しました。母の血圧急上昇。どうして、そうやって、無計画に行動するんだ?お前は自分のやったことがわかってるのかあっ。というわけで、本日の娘は仏頂面で謹慎。 あついっ8/13/2007
ニューヨーク名物、1日で20度(摂氏)近くの気温格差。日曜日は摂氏30度を楽勝で超えるカンカン照りの蒸し暑さでした。セントラルパークでの野外演奏のため、お琴をかついでマンハッタンへ。セントラルパークには車を乗り入れることができないので、電車に乗って行きました。 お琴っていうのは長さが180センチ以上のかなり大きい代物なので、よくアメリカ人に「どのくらい重いの?」と聞かれます。マホガニーでできた洋楽器に比べて桐はずっと軽いので、いつも「見た目よりは軽い」と言ってるのですが、それでも重い。それに持ちにくいし。なにしろ180センチですから。炎天下に琴をかついで、混んだ道を歩いて、階段降りて上って地下鉄乗って。重さが身にしみます。 私のような郊外在住者は演奏時の移動は大抵車ですが、シティ在住の仲間や師匠は、車を持たないので、いつもお琴をかついで演奏にでかけるわけです。今回は着物はありませんが、普段はこれに着物一式の入ったスーツケースまで加わるわけです。いつもシティ在住の人は近くていいなあ、と思っていましたが、シティ暮らしも楽じゃないかも。 現地についてまずリハーサルっていうんで、てきとうに日陰の地べたでみんなで練習してると人が集まってきます。師匠は「空き缶置いといたらランチ代くらい出るかも」と言ってましたが、さすがにそれはせず、なんだか不思議な公開練習状態。気楽な練習なはずなのに、拍手なんかされちゃって気まずい。 暑いながらも天気が良かったので人出が多くて、気持ちよく演奏を終了。そのままみんなで遅いランチを食べに繰り出しました。大勢でお琴を持って地下鉄に乗り込むとさすがに人目を惹きます。帰りは電車の駅まで、歩く距離が少なくてすむバスで、と思ってすごく早くレストランを出たのにバスが待てどくらせど来ない。結局、電車(1時間に1本しかない)に乗り遅れそうになって、琴をかついで、ミッドタウンの人ごみを縫って走ることになりました。大消耗。 さぶいっ8/11/2007
一昨日は100度(摂氏だと35度くらいかなあ)近い暑さだったのに、今日は朝から雨で気温は華氏55度(摂氏だと13度くらい)。温度差ありすぎ。また週末は90度らしいです。 今週末の日曜日はセントラルパークの野外コンサート、Japanese Music festivalでお琴を弾きます。場所はNaumberg Bandshell。72丁目から入った真ん中あたりにある野外ステージです。私たちの琴グループの出番は12時30分から1時15分まで。ニューヨーク近辺においでの方はぜひお立ち寄りください。演奏者も短パンTシャツのストリートパフォーマンスのような気軽な催しです。詳しくは以下のサイトでご覧いただけます。 http://www.shakuhachi-newyork.com ここ数年、毎年行われていたのですが、いつも7月の日本帰国中だったので、私は今年初めて参加します。楽しみです。でも練習しなくちゃなあ。 2007/08/09 疲れた8月9日
日本から戻って1週間。時差ボケの揺り返しです。時差ボケは歳をとるにしたがって調整に時間がかかるようになりますが、ここ数年、1週間目くらいに時差ボケの揺り返しが必ず来ます。特にこっちに戻ってきた時がひどい。帰りついた当初は家の雑用も仕事も山積み状態なので勢いでガーッ治った気になるのですが、ちょっと落ち着いた頃に昼間に猛烈に眠くなります。外に出てるときはいいんですが、パソコンの前に座って仕事をしてる時は眠くなったら機能しません。昨日がそれで1日寝たり起きたりしながら仕事をしてました。 私は家に着いた瞬間から日常の家事や仕事に戻るわけですが、娘はまだまだ長ーい夏休みの中盤です。毎日、友達の家をわたり歩いています。仲良しの友達何人かが集まってお泊りするらしいのですが、娘はその中に居続けを決め込んでいます。誰かのお母さんが迎えに来るとそれに便乗して、次はその子の家に泊まるというボヘミアン状態。一緒に行動しているお友達の顔ぶれは変わっているのでしょうが、家の娘だけはいつもいる、ということらしい。「今夜は、○○の家に泊まるから」と電話が来るまで、どこの家に泊まるのかわからない。東京と違って、子供たちは親の車に乗らない限りどこにも行けないので、否が応でも大人の監督下にあるという点では安心ですが。 猫2匹は、私たちの留守中も元気で、相変わらず何事もなかったような顔をしていますが、久しぶりに毛すきをしていて、おボーが毛玉だらけなのを発見。おスモー(グレイの方)はいつも艶のあるベルベットのような毛並みなのにおボーは前から毛艶が悪い。最近、ことにボコボコしてるなあ、とは思ってたのですが、まさか短毛種の猫に毛玉ができるとは。長毛種ならともかく、そもそも駄猫は自分でする毛づくろいで十分なはずじゃないのか。おボーは猫のくせにろくに毛づくろいをしません。おスモーがおボーの毛づくろいをしてやってるのはよく見ますが、反対は見たことがない。そのせいかおボーに触ると、おスモーの10倍くらい毛がつくのですが、ここまで怠け者だったとは。毛玉とりをしようとすると暴れるので、娘が戻ってきてから2人がかりでやらねば。 2007/08/06 ご利用できません。7月30日
今回東京に来て、JR駅の工事中の階段に「ご利用できません。」と掲示されているのを最初に見たときは、変な日本語書く駅だな、と思いました。が、そのうちに私鉄地下鉄も含めて駅からデパート、ホテルまでみんなどこでも同じ表現だということに気づきました。駅のアナウンスも同様です。私が正しいと思っている「ご利用になれません。」の方が絶滅してるようなのです。 私は言語は常に変化するのが当然と思っているので、「正しくない日本語がけしからん」などというつもりは毛頭ありません。文法的にどうこうよりも、だいたい50%以上の人が使うようになれば、それはもう間違いじゃないし、80%以上の人が使うようになれば、それがスタンダードな表現だと思ってます。ら抜き言葉とか、「~の方でよろしかったですか?」という接客表現とか、話題になった言葉については結構把握してるつもりなのですが、実は静かに確実に進行している変化には意外に気づいてないものがあるのかも。 20年前は確かに駅のアナウンスでも「ご利用になれません。」と言っていました。今は「ご利用できません。」がスタンダードになってるのでしょうか。それともただ偶然目についてるだけなのか。これもプチ浦島現象でしょうか。 |
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